しばらく更新していなかったこのブログを、久しぶりに再開します。
ChatGPTに文章を書いてもらっていると、ときどき感心することがあります。
「うまいなあ」と思うんです。
文章の流れが自然で、言葉の選び方もいい。自分では思いつかなかった表現が出てくることもあります。
ところが、AIと一緒に文章を作ることが増えてくると、別のことにも気づきました。
うまい文章なのに、なんか違う。
文章としては自然だし、言葉の選び方もいい。それでも、そのまま使いたいとは思えないことがあります。
よく読んでみると、そもそも書いていないことまで入っていることさえあるのです。
本当に面白い文章が出てきた
本を書いていたときのことです。
自分が書いた文章をAIに見せて、もっと生き生きした文章にできないか相談したいと考えました。
そこで、
「読んでいる人が情景を思い浮かべて、クスッと笑えるような文章にしたい」
という趣旨のことを伝えました。
すると、AIが出してきた文章が、かなり面白かった。
情景が浮かぶ。
読んでいてクスッと笑える。
文章のテンポもいい。
「AIって、こんな文章も書けるんだ」
と、素直に感心しました。
ところが、よく読んでみると、ちょっとおかしい。
私が渡した文章には書いていないエピソードが入っていたのです。
「それはやりすぎだよ」
と思わず苦笑しました。
文章としては面白い。
むしろ、ワクワクするくらい面白い。
でも、私が書いていたのはノンフィクションです。
実際には起きていないことを、いくら文章としてうまく書かれていても使えません。
「フィクションだったら、このまま使うのに」
と思ったくらいでした。
ここで、AIの面白さと難しさを同時に感じました。
「うまい」と「使える」は違う
AIは、文章を自然に書くのが本当にうまくなっています。
文章だけを読んでいると、
「これ、最初から人間が書いた文章じゃないの?」
と思うこともあります。
だからこそ、ちょっと怖い。
文章が不自然なら、
「これはおかしいな」
と気づきやすい。
でも、文章がうまいと、書かれていることまで正しいような気がしてしまいます。
今回の私のケースでは、文章そのものは面白かった。
だから、最初は普通に読んでしまいました。
よく読んで、
「あれ? これ、元の文章にあったっけ?」
となった。
文章のうまさに引っ張られて、内容の確認が後回しになっていたわけです。
これは、AIを使うときに覚えておいた方がいいことだと思います。
文章がうまいことと、書かれていることが事実であることは別です。
そしてもう一つ、
文章がうまいことと、自分が使いたい文章であることも別です。
「なんか違う」の正体は一つじゃない
AIと文章を作っていると、「なんか違う」と思うことがあります。
最初は、なぜ違うのか自分でも分からないことがあります。
文章は自然。
文法も間違っていない。
言いたいことも、それなりに入っている。
なのに、
「うーん、これじゃない」
となる。
今回のように、事実と違うから「違う」こともあります。
ほかにも、表現がきれいすぎる。
説明しすぎている。
自分ならそんな言い方はしない。
文章のテンポが違う。
そこまで強く言いたくない。
そんな場合もあります。
つまり、「なんか違う」は、必ずしもAIの文章が下手だから出てくるわけではありません。
むしろ、うまいからこそ「でも、違う」と感じることがある。
私は、ここがAIとの文章作りの面白いところだと思っています。
AIの文章を読むことから始まる
AIに文章を書いてもらうとき、最初から完璧な指示を出す必要はないと思っています。
まず、AIに書いてもらう。
そして、出てきた文章を読む。
そこで、
「これはいい」
「ここは違う」
「この表現は使える」
「これは自分の文章じゃない」
と考える。
その反応を、またAIに伝える。
すると、AIが別の文章を出してくる。
それをまた読む。
この繰り返しです。
本を書いているときも、実際にそうでした。
AIに文章を書かせる。
読む。
「ここは違う」と思う。
理由を考える。
それをAIに伝える。
また出てきた文章を読む。
そうしているうちに、自分がどんな文章を作りたいのかが、少しずつ見えてきました。実際、AIとのやり取りを続ける中で、自分の文章の特徴までAIから言葉にして返された経験もあります。
AIに文章を書いてもらったつもりが、逆に自分が文章について考えるようになった。
これは、最初には思っていなかったことでした。
「そのまま使う」から少し離れてみる
AIを使うとき、
「一発で完成した文章を出してもらおう」
と考えると、AIの文章が自分の思ったものと違ったときに困ります。
でも、
「まず案を出してもらおう」
くらいに考えると、少し気が楽になります。
AIが出してきた文章は、完成品ではなく材料。
その中から、
「これは使える」
と思うものを選ぶ。
「これは違う」
と思うものは捨てる。
足りなければ、自分で書き足す。
AIにもう一度書き直してもらう。
そうやって、自分の文章に近づけていく。
AIが書いた文章を、そのまま使う必要はありません。
むしろ、一度AIの文章を読んで、自分がどう感じたのかを考えることに意味があると思っています。
「なんか違う」は悪いことじゃない
AIの文章を読んで「なんか違う」と思ったとき、以前なら、
「自分の指示が悪かったのかな」
と思っていたかもしれません。
でも、今は少し違います。
「なんか違う」と思ったら、
「どこが違うんだろう?」
と考えてみる。
事実が違うのか。
言葉が違うのか。
文章のテンポが違うのか。
自分の感覚と違うのか。
そこを考えていくと、次にAIへ何を伝えればいいのかも分かってきます。
つまり、「なんか違う」は、文章作りの失敗ではなく、次の一手を考えるための材料になるんです。
AIが文章を書いてくれるようになったことで、文章を書く仕事は「最初から最後まで自分で書く」だけではなくなりました。
AIに案を出してもらう。
それを読む。
違和感を見つける。
考える。
選ぶ。
直す。
また読む。
こうして見ると、文章を書くというより、文章を編集する時間が増えたようにも感じます。
そして、その作業は思っていたより面白い。
AIに「うまい文章」を書いてもらう。
それだけなら、便利な道具です。
でも、その文章を読んで、
「いや、これは違う」
「こっちはいい」
と考え始めると、少し違った使い方が見えてきます。
AIは、こちらの代わりに文章を完成させる人ではない。
自分が文章について考えるための相手にもなる。
私は、そんなふうにAIと文章を作るようになりました。
そして今では、「なんか違う」と思ったときこそ、ちょっと面白いと思うようになっています。
そこから、自分でも気づいていなかった「こうしたい」が見えてくることがあるからです。
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