AIと文章を作っていて、最近ちょっと面白いことがあります。
自分では思いつかなかった表現が、AIから出てくることがあるんです。
もちろん、出てきた文章をそのまま使うこともあります。でも、「これは自分の文章じゃないな」と思うことも多い。そんなときは、別の言い方に変えます。
ところが、一度その表現を見ていると、あとになって自分で文章を書いているときに思い出すことがあります。
「あ、あのときAIが使っていた表現、ここで使えるかも」
そんな感じです。
AIに文章を書いてもらうようになってから、自分の中にある表現の選択肢が少しずつ増えている気がします。
AIの文章をそのまま使う必要はない
私は新聞記者を長くやってきたので、文章を書くときには、自分なりの言葉の選び方があります。
「この言い方は自分らしい」
というものもあれば、
「これは自分なら使わない」
というものもあります。
だから、AIに文章を書いてもらうと、「なるほど」と思うこともあれば、「いや、これは違うな」と思うこともあります。
でも、以前はそこで「使わない」で終わっていました。
最近は少し違います。
使わないとしても、一度その表現を見てみる。
これが意外と大事なんじゃないかと思っています。
たとえば、自分なら「分かりやすく説明する」と書くところを、AIが別の言い方にしてきたとします。
最初は「ちょっと違うな」と思ったとしても、読んでいるうちに、
「こういう表現もあるのか」
と気づく。
その場では採用しなくても、頭の片隅には残ります。
そして別の文章を書いているときに、
「そういえば、あのときの言い方が使えるかも」
となる。
辞書を引いて覚えたわけでも、表現集を暗記したわけでもありません。
AIが出してきた文章を読んでいるうちに、自然と選択肢が増えていくんです。
自分では思いつかなかった表現法を見る
文章を書くとき、「言いたいことは頭の中にあるのに、うまく言葉にできない」ということがあります。
これは、文章を書く仕事をしていてもあります。
頭の中では、
「こういうことなんだけどな」
と思っている。
でも、それを一番しっくりくる言葉にするのが難しい。
そんなとき、AIに文章を書いてもらうと、自分とは違う言葉で表現してくることがあります。
「そうそう、言いたいのはそれ」
ということもあれば、
「いや、そこまで強く言いたいわけじゃない」
ということもある。
でも、どちらにしても、一度文章として目の前に出てくる。
これが結構大きい。
自分の頭の中だけで考えていたら、いつまでも出てこなかった表現を見ることができます。
しかも、「これは違う」と思ったときにも、そこから考えることができます。
「じゃあ、自分ならどう言う?」
と。
AIの文章を直しているつもりが、いつの間にか自分の言葉を探している。
そんなことがあります。
「AIに書いてもらう」と「AIから学ぶ」は少し違う
AIを文章作りに使うというと、
「AIに書いてもらって、自分はそれを使う」
というイメージがあるかもしれません。
でも、私の場合は少し違ってきました。
AIに文章を作ってもらう。
↓
それを読む。
↓
「この表現はいい」「これは自分には合わない」と考える。
↓
使えるところを残したり、自分の言葉に直したりする。
この繰り返しです。
すると、AIの文章を読むことそのものが、文章の勉強になっているような感じがしてきました。
たとえば、文章と文章のつなぎ方。
私はスポーツ新聞の文章を書いてきたので、短い文章をテンポよく並べることは、それほど苦ではありませんでした。
一方で、本のように文章だけで長く読ませる場合は、前の話から次の話へどうつなぐかを、これまで以上に考えるようになりました。
そこでAIに、
この段落を受けて、次の段落につながる文章をいくつか考えて
と頼んでみる。
すると、いくつか候補が出てきます。
その中には、「なるほど、こういうつなぎ方があるのか」と思うものもある。
全部を使うわけではありません。
自分の文章に合わせて直すこともあります。
でも、一度見ることで、「文章をつなぐ」という作業について、自分の中に新しい選択肢ができる。
これは、AIに文章を書かせることとは、少し違うと思うんです。
自分の文章のクセまで見えてきた
さらに面白かったのが、自分の文章についてAIに聞いたときです。
以前、自分が書いた記事をAIに渡して、
「私の原稿のタッチはこんな感じだから参考にして」
と指示したことがあります。
すると、AIから、
「短い文章が多く、リズム感がある」
というような分析が返ってきました。
それを読んで、
「なるほど。自分の文章って、そういう特徴があるのか」
と思いました。
もちろん、自分でも「読みやすい文章にしたい」とは思っていました。
でも、自分の文章を少し離れたところから見て、「短い文章でリズムを作っている」と考えたことはありませんでした。
文章を書いている本人は、自分の文章の特徴を意外と分かっていないものです。
毎日使っている自分の話し方を、自分ではあまり意識しないのと似ているかもしれません。
AIに自分の文章を読ませたことで、逆に自分のことが少し分かった。
これも、AIを文章作りに使っていて面白いと思ったことの一つです。
AIの表現を「自分のもの」にする
もちろん、AIが出した表現を何でも覚えればいい、という話ではありません。
自分には合わない言葉もあります。
ちょっと大げさだなと思うこともある。
「そんな言い方、普段しないよ」と思うこともある(笑)。
でも、そこで終わらせずに、
「なぜ自分には合わないんだろう」
と考えてみると、自分の文章についても少し分かってきます。
そして、逆に、
「これは使える」
と思った表現は、自分の文章に合わせて使ってみる。
そのうち、AIが出した表現をそのまま使うのではなく、それを見たことをきっかけに、自分の言葉が出てくることもあります。
私は、ここがAIと文章を作る面白さの一つだと思っています。
AIに文章を書いてもらっているのに、結果として自分が書ける文章の幅が広がっていく。
ちょっと不思議ですよね。
一人で書くより、いろいろな文章を読める
文章を書く練習というと、「とにかく自分でたくさん書く」というイメージがあります。
もちろん、それも大事です。
でも、文章を書くためには、いろいろな文章を読むことも必要です。
新聞を読む。
本を読む。
うまい文章を読む。
「この文章、なんか好きだな」と思ったら、なぜ好きなのか考えてみる。
そういうことを繰り返していると、自分の中に少しずつ表現の引き出しが増えていきます。
AIを使うと、それをかなり手軽にできるようになりました。
「この文章をもう少し柔らかくするとどうなる?」
「別の言い方を5つ出して」
「もっと短くすると?」
「この文章を、もう少し読み物っぽくすると?」
と聞けば、いくつもの文章を見ることができます。
もちろん、その中に「これは違うな」というものもたくさんあります。
でも、それも含めて読む。
「これは好き」
「これは嫌い」
「これは自分には合わない」
と判断する。
そうやって文章を見比べていると、自分の好みや、自分が書きたい文章も少しずつ分かってきます。
AIは文章の先生にもなる?
最近は、そんなことも考えます。
AIは、文章を書いてくれる便利な道具です。
でも、それだけではないのかもしれません。
自分が書いた文章を見てもらう。
別の表現を出してもらう。
文章のつなぎ方を考えてもらう。
いくつかの案を比べる。
その中から自分で選ぶ。
そうしているうちに、自分の文章について考える機会が増えていきます。
AIから文章を教えてもらっている、というより、AIの文章を材料にして、自分で文章について考えるようになる。
私の場合は、そんな感じです。
そして、これは文章を書くのが得意な人だけの話ではないと思います。
むしろ、文章を書くのが苦手な人ほど、AIが出してくる文章を見比べてみると面白いかもしれません。
「こう書けばいいのか」と思うことがある。
「いや、これは違うな」と思うこともある。
どちらでもいいんです。
大事なのは、AIが出した答えをそのまま受け取るのではなく、自分の目で読んで、自分で選ぶこと。
そうやってAIと文章を作っていると、文章を書くことが、少し面白くなってくるかもしれません。
私自身、最近は「文章を書くためにAIを使っている」というより、AIと一緒に文章を作ることで、文章について考える時間が増えているような感覚があります。
最初は、単純に「文章を書いてくれると楽だな」と思って使い始めました。
それが今では、AIが出してきた文章を読むのも、そこから自分の言葉を探すのも、結構楽しい。
AIって、文章を書く道具というだけではないのかもしれません。
自分の文章の引き出しを増やす相手にもなる。
最近は、そんなふうに思っています。
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